写真の原価
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写真で生計を立てる、プロフェッショナルの日本語訳の一つにもなろうこの言葉、実は非常に難しい。
それで話が終わってしまいそうだが、もう少しその理由を咀嚼して考えてみる。

15年以上上場企業で技術者として勤務してきた自分にとって、原価あるいは原価率という言葉が常に付きまとってきた。
あらゆる職種で使われるであろうこの言葉は、会社を存続させるかどうかのしきい値でもある。

簡単に言えば売り上げに占める経費ということになるのだが、メーカでは材料費、加工費(人件費)が相当する。
さらに宣伝費から社員の給与、各種税金も加わり、売り上げから差し引いた残りが純利益となる。

この利益が株式会社であれば株主へ、さらに社員のボーナスへと配分される。
さらに次の事業への投資も原則ここから支出されるべきものだろう。

というのが大手企業の成り立つ仕組みであるが、これを個人の写真家に当てはめると、クライアントのインプットを元に
ロケハン、撮影、データ修正、納品という人件費と移動費が原価となる。
さらにカメラをはじめとする機材を維持する費用などもある。

経営学を学んだわけでもないので、本来あるべき原価率の算出などについては割愛させてもらうとして、
上述のかかった費用というのは常に把握するようにしている。
把握するのは記録だけの話だが、利益は出ているのかというと、全く出ていない、完全に持ち出しの状況である。
つまりプロフェッショナルとして成立していない状況ということである。

この主な理由は風景写真を撮るための移動費である。
風景写真は目的とする風景を目の前に再現できるものではなく、自ら足を運ぶしか方法がない、
さらに言えば天候や季節の影響を受けざるを得ない、もっとも原価率の悪い写真である。

さらに風景写真独特の原価率悪化の要因もある。
人物写真では口元が僅かに動いて、2枚撮影でき、それが違う雰囲気を醸し出していれば2枚の写真というアウトプットが生成されたことになる。
ところが風景写真で夕焼け空を撮影したとして、雲の動きが加わり2枚なり数十枚なり撮影しても、クライアントが買い取ってくれるのはその中の1枚だけである。
長時間の移動、撮影でもたいがいは1枚が成果として得られるだけなのである。

こう書くと、風景写真はプロがやりたがらない仕事に聞こえそうだが、幸い先人の苦労によって、風景写真の価格は意外と高く維持されている。
ただカメラの高性能化と情報の氾濫によりプロアマの区別がつきにくいまでに風景写真があふれてきているのも事実であり、
プロとしてはどれだけ風景写真の原価を下げられるか、そして魅力あるこれまでにない風景写真とはなんぞやというアプローチも考える時期ではなかろうか。

ポートレート撮影の腕を上げるために
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人物撮影すなわちポートレート撮影を現在スチールを担当させてもらっている劇団で頻繁に行っている。
出演者の載ったフライヤ(ちらし)撮影にとどまらず、日々の稽古場でも撮影をしている
そして最も疲労感が残るのが本番直前の場当たり稽古やゲネプロと言われる照明から衣装まで本番と同じ条件での撮影である。

劇団という事で、出演者は俳優女優さんであるが、モデルさんではないため、撮られ慣れていない。
カメラ目線が最も苦手だとよく言われる。
しかし稽古を含め劇中での表情は作られた感じが無く、喜怒哀楽を極めて上手に演じている。
当たり前のこととはいえ、いつも驚いている。

ボクは単なる記録としての写真で終わらせたくないために、稽古時の写真も光源が少ないながらも光の方向に気を使うようにしている。
とはいえフラッシュを光らせたり補助光を設けることは不可能なため、俳優陣の動き、表情を脚本などから想定し、おもにセリフを言う直前や動きの止まった瞬間を狙っている。
レンズの焦点は手前側にある「瞳」である。アイキャッチの有無はこの際気にしていない

ただ稽古などでは稀ではあるがカメラ目線をもらうこともある。しかしそれは得てして残念な写真が多い。俳優陣は演じている時がやはり最高なのだと感じる時でもある。

カメラやレンズの設定はf/1.2解放で撮ることもあるが、常に動いている俳優陣を撮るにはやはりある程度絞ったほうが確実ではあると感じている。
また光源が少なく特に前述の場当たりやゲネプロではスポットライト程度しかないため、ISOは気づけは2000を超えるほどになっている。
f/1.2は単焦点レンズだが、主力は70-200mmのf/2.8レンズである。実にこのズームは使いやすい。

ところで大事な光源は場面ごとに頻繁に切り替わるスポットライトだけなので、撮影チャンスはなかなか多くは無い。
唯一助けになるのが自分が動いて回り込んでアングルを決められることぐらいである。
というようなポートレート撮影をしていると、さすがに公演ごとに自分の写真の出来も良くなっていると体感することができる。

ただ撮影は主目的ではないので撮り直し不可であるプレッシャーはいつも圧し掛かっている。
街中で人を撮るなどは肖像権が壁になりなかなか難しい時代に、こうして自由に撮らせてもらえている事に、そして
ボクを指名してくれた劇団の主宰には感謝している。

写真投稿サイトのナゾ
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写真の投稿、共有サイトというのは世界中に有って、古くはYahoo!管轄のFlickr、最近ではスマートホンに特化したInstagramなど数えきれないほどに増えた。

というとボク自身が写真・カメラ歴が長いように取られるかもしれないが、ボクは写真やカメラにはずっと興味もなく、撮られる側、それもどこかへ行った記念写真でVサインをする程度の関わりしかなかった。

それが諸事情で長年勤めた会社を辞め、しばらくして文房具のネットショップを開店して初めて写真と真正面に向き合うこととなった。商品写真を撮るためである。写真の善し悪しだけではないが、写真のクオリティが売れる売れないに影響することはショップを始めてから気がついた。これは一枚ごとに丁寧に撮らないと、そう気づかせてくれた。

とはいえ何年もの間、カメラはCanonの今でいうコンデジ、IXY80という名刺サイズほどの小さなカメラを使って、小さな三脚に取り付けて商品にライトを当てて撮影していた。カメラなんてみな同じ、ずっとそう思っていた。

ところで携帯電話も一個人としての所有はかなり早かったが、ごくまれに通話する程度でほとんど使わないまま十年以上が経過した。黒くて重くてというドコモの初期の携帯電話である。その後電池がもたなくなり何度か切り替えたが月に一回程度の通話という超低使用頻度が続いた。

それがiPhone4というスマートホンになぜか興味を持ち、発売当日に購入、データ通信やアプリの利用に特化して使い始めた。小さなノートパソコンのような使い方である

そんなとき、InstagramというアプリをTwitter友達から薦められ、商品写真以外の写真の投稿を始めた。iPhoneで撮影した写真だが、面白いように多くの人から評価をもらい、自然な流れなのか必然だったのか、しばらくして一眼レフを購入し、自ら出向いて風景写真を撮るようになった。カメラで写り方が違うのに気づいたのはこのころである。

撮った写真は人に見てもらいたい、これは自然なことだと思うが、見てくれた人がどう思ったかも知りたいというのが本音で、Flickrはそれ以前から利用はしていたが500pxというサイトに投稿するようになった。Facebookでいうイイネ!に相当するVoteを見た人がつけてくれる、その数字が多いと写真掲載ページがトップページに近くなる。

ある種連日開催のフォトコンテストにも感じる。ただ、トップページに載っている写真は国内では見たことも無いような素晴らしいX3くらいの超ハイレベルなものばかりで、世界中のプロカメラマンが撮影したもので埋め尽くされていた。さすがに自分の写真と見比べて凹む毎日だったが、とにかく独学で素敵だと思ってもらえる写真を撮りに出かけ、写真にとらわれず、芸術分野全般に視野を広げて勉強をし、機材にもこだわった。

世界でも有名な500pxというサイトだが日本人のプロカメラマンの投稿はほとんど見かけない。日本語対応していないサイトだからか、あるいは自身の写真が世界中の第三者から評価されることで躊躇しているのか。

ボクに関しては、何十万枚撮影したかわからないが、気づけば時々ではあるが500pxのトップページに載ることも出てきた。それでも何かボクの写真には足りない、そう感じている。それは今もそうであり、きっと将来もそうだろうと思う。

ただ500pxから受ける刺激は、国内の写真投稿サイトとは何か本質的に違っている気がしている。手厳しいコメントをもらうこともある。

生涯勉強と謳って写真と向き合っているが、本当にそう感じている。

そして写真投稿サイトのナゾ、についてだが、500pxだけでなく、いくつかのこの手のサイトは何かの条件で突然順位が下げられる。いつ、なぜ…不明である。多くの投稿者の写真を表に出るように施策された機能なのかもしれないが、いやはやナゾである。かれこれ2年間悩んでいる。言えることは、素晴らしい写真を投稿すればあとからなんでもついてくる、そういうことのようだ。

こんなことを書きながら、冬を迎えようとしている今、次は何を撮ろうか、どんな構図にしようかと頭の中で模索している。この時が意外と楽しい。
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新潟と長野も頑張ってほしい
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5月は新潟県、長野県他北陸の各地を何度も風景撮影のために訪れた。

特に新潟の湯沢町、十日町市、上越市をつなぐ国道、県道は何度も行き来した。

通るたびに目につくのは重く積もった雪と一緒に山の斜面が大木もろとも崩れている光景だ。上越市では民家が多数押し流されたことでメディアでも何度も取り上げられているが、同様の状況は人への被害こそないが数えきれないほどの箇所で起きている。

これが原因で通行不能な県道が多数あることも事実であり、それにより田畑への道を閉ざされている人達が多数いる。

長野県、新潟県は311の震災の翌日3月12日に大きな地震に襲われ、その年の夏は豪雨、さらに冬になり近年まれに見る豪雪と、災害が続いておりその復旧作業も追いついていないようである。

311の災害の陰に埋もれがちではあるが新潟、長野も頑張ってほしいと行くたびに思う。

下の写真は魚沼スカイラインの魚沼展望台付近。越後湯沢から六日町にかけて尾根伝いに伸びる道路で抜群の景色を見ることができるが、現在上ることができるルートは十日町市側からの1つに限られる。(上越国際スキー場横の道路も通行できるが路肩の崩落などが放置されているため正式には開通していないと思われる)

観光地は高速道のサービスエリアを見習うべき
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先日、新たに開通した新東名を使って静岡県西部の浜名湖へ行った。

新東名は今までの東名と併設する形だが、通過する地点は海から離れたどちらかというと山間部を通っている。自ずと見える景色も今までの東名とは全く違う。特に海が殆ど見えなくなった違いは大きい。

今回は新東名のサービスエリア、パーキングエリアから見える景色を撮影しようと利用した。

高速道路の管理が民営化されNEXCOという会社が行っているが、サービスエリアの設備の行き届いたメンテナンスや駐車場の使いやすさは訪問客が伸び悩む観光地の中の人はじっくり見ると良いだろう。

最近のサービスエリアやパーキングエリアは、トイレの暖房、暖房便座、ウォッシュレット、洗面台の清潔さなど観光地でも大切な要素は群を抜いて充実している。

また一般道には「道の駅」というのが各地に設けられている。これはその地の従来からあるドライブインにとっては邪魔な存在かもしれないが、高速道路のサービスエリア同様、24時間利用でき、前記の設備などの充実度とメンテナンスの頻度の高さはやはり目を見張る。

ボクは節約のために遠出先の寝泊まりの殆どが車中だが、夜間の照明の明るさも手伝って、サービスエリアと道の駅に車を停めることが殆どになっている。防犯上も明るいことで安心である。

一方、久し振り訪れた浜名湖はうなぎを食することができるお店は点々とあり、それらしさは残っているが、浜名湖産の自然・養殖ともうなぎはほぼない。これを知ってから浜名湖でうな重を食べることは無くなったが、客足が遠のいている理由の一つではないかと思われる。

また湖畔には無料の小さな駐車場はいくつか完備されてはいるが、照明も暗く、19時で閉鎖されてしまう。併設のトイレも破損個所が多くその場に長居をしようという気は起らない。

是が非でも地元のウナギを食べられるように浜名湖の人たちで頑張ってほしい。またドライブインや旅館などは経営に行き詰っているところが多いらしく、閉館した旅館も数多く見受けられた。無償で利用できる公園や道の駅、トイレの充実など迎え入れるベースも見直してみたらどうなのだろうかと強く感じた。

しばらくしたら、また浜名湖には足を運びたいが、がっかりはしたくない。

野辺山・韮崎・南部町・本栖湖・山中湖
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風景撮影のために行ってきました。

出発は4月9日21時、飯能発。車には例のごとくデジタル一眼とビデオカメラとパソコンを積んでいざ。

主目的は月明かりが眩しい夜に天の川の雲は撮影できるのか、ということ。

その後は松本城とか白川郷とか飛騨高山とかへ行きたかったのだが、ツイッターで見かける枝垂桜が気になり山梨県内で追いかけているうちに富士宮に来てしまい、タイトル通りの場所で撮影して4月11日0時半に帰宅した。

平日にもかかわらず有名と思しき樹齢数百年というような枝垂桜にはカメラを構えた人たちが大勢いる。輪をかけてバスツアーやドライブできた人でごった返している。土日祝日は近寄れないと悟った。

甲府盆地は桜は今が見ごろ。野辺山や富士五湖周辺は蕾も小さく桜はまだ先、そんな印象である。

身延線沿いはおそらく20数年ぶりに走った。国道52号線は相変わらず長く感じる今一つの国道。富士川を挟んだ国道のほうがカーブとアップダウンは多いが景色を見るならそっちのほうが良い。

時間調整のため21時ごろまで山中湖湖畔にいた。0時過ぎに圏央道の青梅ICをでて高速料金半額の1350円。疲れた。


2012年4月2日の山元町
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4月2日に1年ぶりに311の津波被害を受けた宮城県山元町へ行ってきた。

1年も経過すればその土地を観光して楽しめるだろう、そして風景写真を沢山撮って山元町を満喫しようと、そう思って出かけてきた。1年前との大きな違いを見出したかった。

陽が昇る前に現地に到着、そして日の出とともに山元町が浮かび上がってきた。

何も無い、がれきが点々と積み上げられている、愕然とした。

もっともイチゴの産地として知られていて、その土地が海水を被ったわけだから、簡単に植物が育つ環境に戻ることはないのだろう。それにしても1年前と景色に大きな違いが無い。見つめるほどに目頭が熱くなった。

半壊の建物もほぼ放置状態、道路も幹線道路だけ舗装され、あとは手つかずという状況だった。もちろん海水を被らなかった地域ではハウス栽培の仕事をしているひとを多く見かけたが、活気にあふれるとはお世辞にも言えない状況だった。

仙台市、石巻市、他マスメディアで頻繁に取り上げられる街はマスメディアに取り上げられることがモチベーションにつながっているのだろうか、ここ山元町はほとんどマスメディアで取り上げられることも無いから復興が遅れているのだろうか、考えてしまった。

観光をして写真を撮って一日を満喫するはずが、全くその気なれないまま昼時を迎えた。その足で裏磐梯へ向かうことにした。写真はそれなりに撮った。津波被害1年1か月後の爪痕の写真ばかりだ。


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